last update: 2013/09/03

2007/03/13

うちの母校は大丈夫か

帯広話が時々でてくるTrivial Journal 2.0で高校受験に関する興味深い話題が…。

息子の通う中学校から、某代さんの息子さんたちが通った高校への進学者数のここ三年間の推移は 3 -> 0 -> 2 です orzみたいな話で、たぶんこの高校はオレの母校でもあるH高校のことを指してるんだろうなーと思いつつ、さすがに3とか2とか0じゃ進学する環境にないよなぁ…。市内のどこかの中学校のことを指しているはずだし、これは一体どこの中学校なんだろうと思ってたんですが。

コメントに中学校名をローマ字で書いたときに orz 3文字が入っている罠だったりとか書いてあって、ハッとしました。oとrとzが入る中学校なんて1個しかなく、うちの母校の中学校のことじゃないか。な、なんだってー!!

というわけで、物心ついたときから帯広市の南のはずれにあるorz町で育ってorz小学校からorz中学校へと上がってH高校に入ったkawazoelです。たしかに最近orz町の周辺は子ども人口が激減してるという話でしたが、そんなにひどいとは…。

orz町が宅地造成されてちょうどそろそろ30年ぐらいなので、当時マイホームを買った30〜40歳台の人はみんな60〜70歳とかになってるので、そりゃ子どもがいるわけもなく…。いま一体1学年何クラスなのかわかりませんが、多くても2クラス、もしかしたら1クラスとかなんでしょうかね…。

もう9年前の話になりますが、私が中学3年のころはうちの学年が4クラス120人弱ぐらいいて、そのうちH高校に進学したのは11人。まぁ大体1クラス2,3人なので、いまorz中学校が1学年1クラスなら割合的にはまぁそんなもんかなーとも思います。

が、しかし、割合だけみれば変わらなくても1クラスから3人進学するっていうのと4クラスから11人進学するっていうのは確かに切磋琢磨する幅が全然違うと思います。学校に存在する先生の数も薄くなるので必然的に教育のクオリティにも限界がでるのもあるんですが、ライバル的な問題もかなり大きいかと思います。

ちなみに私は当時学年で3番手とかいうちょうどいいポジションでした(まぁ塾に通わず勉強もしなかったので中3のころにはもうちょっと落ちてましたが)。やっぱり当時の1番2番の友人とはいいライバルでしたよー。1回だけオレも学年1番とったことがあったんですが、その時は学年1番をいつもとってた友人が数学のテストで裏にも問題があるのに気付かなくて棚ぼたで1位だったとかいうのもいい思い出です。

そんな友人2人はH高校に入ったあとどうなったかというと、1番だった友人は現役で東大合格、2番だった友人は一浪で北大合格とかだったので、やっぱりそれなりにすごいヤツらだったみたいです。2人とも理系だったので、高校に入ってからも普通にライバルでしたー。というわけで、中学時代のライバルは高校に入ってからも引き続きライバルになるので、なるべくなら中学時代からライバルの多い環境に身を置いた方が良さそうです、みたいな話でした。

中学は高校に入るためのただのステップみたいな見方もできなくはないですが、H高校が管内トップ校である以上、中学時代にいいライバルを見つけておけるとそれがそのまま高校でもいいライバルであり続けるので(さらに高校でライバルはたっぷりと追加されますが)、その辺たしかにそれを狙っての転校というのはかなりアリな選択肢だと思います。あとは本人の意志次第、でもありますが…。

ともあれ、orz中学校を見限った人が他の学校に流れてどんどんorz中学に通う子どもが少なくなるスパイラルはわりと予想できることなので、最寄りのMNM町中学校と統合するみたいな話があったような気がするんですが、その話は一体どうなったんだろうーなんてことを思い出した今日この頃。母校がなくなるのはちょっと寂しいですが、ジャンクな中学校であり続けるぐらいなら統合でもなんでもしたらいいと思う。

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